対岸の火事なれど呆れてしまう国民性のお話。

この数日間のニュースでネタとなるのがお隣韓国大統領と東京五輪競技会場建設の話題です。

久々に『俺にも言わせろ』的な感じで外野から意見をさせて頂きます。

 

韓国大統領のスキャンダルされ大騒ぎとなっている。元々ヒステリックな気性を持つ国家・国民だけにその過熱ぶりは唖然とする。

彼等から言えば愛国心の塊だと申すが我々日本人から見れば単なるヒステリック集団、相手にしたくない輩である。現に慰安婦問題などで対談の場を設けても建設的議論など出来たものではない。何故なら対談の場に就いた者が前向きに事を進めても国民が騒ぎ立てて話は纏まらない。

どうしてこうなるのか? 以前に姪っ娘が尋ねてきた。 これはあくまでも私個人的な持論だが歴史が物語っていると思う。歴史がそれを物語っているように国家が樹立するには必ず多くの血が流れる。日本も例外ではなく源平合戦から始まり戦国時代・関ヶ原の合戦で一度は平安の世を築くが戊辰戦争で再び多くの血を流し帝国時代を過ごす。先の大戦で敗北し現代日本が生まれた。この動乱と化した時代で共通する出来事がある。それは勝敗を喫した時に情けを与えるということだ。無益な殺生、生き恥を晒さない為に本人の意向を尊重させる、互いに手を取り新しき同士として歩む等して日本人は生きてきた。

近年は耳にすることが少なくなっているが「義理・人情」などがその部類と思う。彼等が否定する靖国神社明治天皇が思想は異なれど国の行く末を思いあまりにも多くの血が流れた事に深い悲しみを持ち日本という国家鎮守の神として御霊を祀り建てられたのである。半島や大陸の輩には解るまいであろう。何故なら半島の歴史にはおそらくそのような時代はなかったのではないかと思う。常に何処かの権力者に抑えられ民族の自由たるものが制限されていた。敗北者は全てを獲られ勝者は敗北者の命まで奪ってしまうという風習があったのであろう。まさに大陸的な考え方であり残酷極まりない。彼等の国家では罪人は死しても罪人という扱いであるのだから我々日本人とは根本的に違うのだ。現代でも似た報道を耳にすると私は日本人で良かったとつくづく感じさせられる。

 

さてパク・クネ大統領の末路は如何に?  私の生活にはどうなろうが全く関係の無い事だがここまで報道されると少々気になる事案ではある。

大統領で居る以上は身の安全は大丈夫であろうが座を降りた瞬間に暗殺やらをやり兼ねない集団の国民性ゆえに他人なれど心配である。個人では大人しい民族だが集団になるとタチが悪い。

 

しかしこの大統領、今現在のお話だが私個人的には今までの短絡的な大統領とは違うようだ。何が違うのか?  今までの大統領は己がピンチになると決まって反日運動に繋がるネタを探し出し日本を敵対視させてきたが未だにその方向が見えていない。

今更なのか? 韓国国家の行く末を思い本気で内政と向き合う覚悟なのかは知らんがその日本に矢を向けない面では評価している。